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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)2236号 判決

《住所略》

控訴人

本郷美則

右訴訟代理人弁護士

堀敏明

《住所略》

被控訴人

松下容子

《住所略》

被控訴人

松下哲朗

《住所略》

被控訴人

松下泰三

《住所略》

被控訴人

〓口和加

《住所略》

被控訴人

広瀬道貞

《住所略》

被控訴人

笹井輝雄

《住所略》

被控訴人

和田正次郎

《住所略》

被控訴人

夏目求

《住所略》

被控訴人

久富道生

《住所略》

被控訴人

谷義郎

《住所略》

被控訴人

箱島信一

《住所略》

被控訴人

大野功雄

《住所略》

被控訴人

中馬清福

《住所略》

被控訴人

富岡隆夫

《住所略》

被控訴人

草鹿恵

《住所略》

被控訴人

宮澤恭人

《住所略》

被控訴人

角倉二朗

《住所略》

被控訴人

神塚明弘

《住所略》

被控訴人

八坂允

《住所略》

被控訴人

橘弘道

《住所略》

被控訴人

中江利忠

右21名訴訟代理人弁護士

大江忠

荒尾幸三

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、各自、株式会社朝日新聞社に対し、次の金員を支払え。

1  被控訴人松下容子、同松下哲朗、同松下泰三及び同〓口和加を除くその余の被控訴人らは、各190億1097万0768円及びこれに対する平成9年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員

2  被控訴人松下容子は95億0548万5384円及びこれに対する平成9年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員

3  被控訴人松下哲朗、同松下泰三及び同〓口和加は各31億6849万5128円及びこれに対する平成9年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員

第二  事案の概要

原判決8頁1行目の「(以下「本件株式」という。)」を「(以下「本件株式」という。なお、原判決中、「全国朝日放送の株式5136株(本件株式)」、「全国朝日放送の株式5136株全部(本件株式)」、「全国朝日放送の株式(本件株式)」、「全国朝日放送の本件株式」とある部分は、いずれも「本件株式」と読み替えるものとする。)」と、同27頁2行目の「三」を「四」と、同35頁10行目及び36頁3行目の「ディスカウント率を70パーセント」をいずれも「ディスカウント率を30パーセント」と、同36頁4行目の「ディスカウント率を80パーセント又は100パーセント」を「ディスカウント率を20パーセント又は0パーセント」とそれぞれ改め、当審における補充的主張を付加するほかは、原判決が「第二 事案の概要」に記載するとおりであるから、これを引用する。

(当審における補充的主張)

一  控訴人

1 本件取引の法令違反について

「放送局の開設の根本的基準」9条は、放送をすることができる機会をできるだけ多くの者に対し確保することにより、放送による表現の自由ができるだけ多くの者によって享有されるようにするために、「マスメディア集中排除原則」を定めたもので、電波法の解釈基準となるものであるから、右根本基準の解釈は厳格になされることが必要であり、免許申請あるいは再免許申請の時点に限らず、常に右根本基準を充足することが不可欠というべきである。

電波法76条1項は、「郵政大臣は、免許人がこの法律、放送法若しくはこれらの法律に基づく命令又はこれらに基づく処分に違反したときは、3箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ、又は期間を定めて運用許容時間、周波数若しくは空中線電力を制限することができる。」とし、さらに同条2項では、「前項の規定による命令又は制限に従わないとき」(3号)は、「郵政大臣は、・・・その免許を取り消すことができる。」と定めているが、「放送局の開設の根本的基準」が右「この法律(電波法)に基づく命令」に該当することは明らかであるから、右根本基準は免許申請や再免許申請の時点だけではなく、免許期間を通じて遵守されなければならないのである。

また、被控訴人笹井輝雄は、本件取引によって電波法違反の事態が生ずるかもしれないと考えたため、君和田に郵政省の判断を確認するよう指示したところ、郵政省の放送行政の担当者は「実質的に50パーセントを超えて株式を取得することが、あくまでも緊急避難的措置と考えられるので、次の免許の更新時である平成10年度までになるべく速やかに持株比率を50パーセント未満にするようにしてもらいたい。」との意向であったと供述するが、もし、右郵政省担当者が「緊急避難的措置」と明言したのであれば、その趣旨は、50パーセントを超える取得は、本来電波法に反し違法であるとの意味であることは明らかである。

そうだとすれば、松下らが行った本件取引は、電波法に違反し、運用の停止や免許取消という免許人にとっては死刑判決に相当するような行政処分を受ける可能性のある重大な違法行為である。

2 善管注意義務及び忠実義務違反について

(一) 取締役の裁量の範囲について

取締役は、その職務を遂行するに当たり、最低限のこととして、法令、定款の定め及び株主総会の決議を遵守することを要するところ、松下らは、本件取引によって電波法違反、マスメディアとして当然に守るべきマスメディア集中排除原則違反という法令違反を犯したものであり、仮に100歩譲ったとしても、マスメディアとして社会的に非難される極めて望ましからざる行為を行ったものである。

(二) 本件取引の不可避性について

限られた会社の資金をいかなる使途に、どのような順序で充てるかは、会社の将来を左右しかねない重要事項であるとともに、専門的、総合的な経営判断を要求される場面であるから、そこには、朝日新聞社の純資産額に匹敵するような417億5000万円という資金の投入が今後朝日新聞社の経営にどのような影響を与えるのか、右資金の投入が平成7年度長期経営計画あるいは平成8年1月に策定された「朝日ビジョン2010」の実現に足かせとなることはないのか、どのような影響があるのか、右資金の投入により具体的にどのような経済的なメリットや経営的なメリットがあるのか、逆にデメリットがあるのか、その費用対効果は一体どのようなものか等々、取締役として専門的、総合的に検討すべき課題は多々存在するのに、本件取引においては、かかる検討は一切されておらず、本件取引の決断は、朝日新聞社の長期的な経営計画を実現するという観点、すなわち、全国朝日放送の主導権を朝日新聞社が握るという一点からなされたものである。

加えて、朝日新聞社は、本件取引当時、全国朝日放送の持株比率34.15パーセントの筆頭株主であり、ソフトバンクらのそれは21.4パーセント、東映のそれは14.93パーセントであって、この状態でも十分主導権を握れる立場にあったのであるから、東映がソフトバンクらと協力関係を築くという事態が想定されるとしても、主導権を確保するために東映との関係をいかに築いてゆくか、ソフトバンクらとのせめぎ合いの中で如何に東映を自分の陣営につけるかといった方策を策定することこそ取締役の本来の職責であり、かかる努力や方策を模索することなく、全国朝日放送における主導権を握るために本件取引を決断するというのは、敗北主義であり、余りにも安易な選択と評価されるべきである。

また、松下らは、ソフトバンクらが朝日新聞社が求める内容の株主間協定に応じなかったというが、ソフトバンクらの対応は株主としていわば当然のことであって、ソフトバンクらを一方的に縛りつけようとする朝日新聞社の提案に無理があったものであり、国際化がいわれる今日、経営風土や戦略について基本的な考え方を異にする外国資本が参入してくることは当然予想されるところであり、かかる状況の変化、国際化を踏まえて、参入した外国資本を如何に自分の戦略に取り込んでいくのかが今日の会社運営の専門家としての取締役に課された重要な職責の一つである。

しかるに、松下らは、従前の取引社会において一般的に通用した慣行に従った筆頭株主としての奢りや甘えによって、一方的に他の株主を縛り、自己と異なる経営風土やメディア戦略の持主を排除する行動を取っているのであって、取締役としての職務を遂行しているとは言い難い。

マードックは世界各地で新聞、出版等のメディア事業を展開している国際的な複合メディア企業の最高経営責任者であり、孫正義はわが国及びアメリカ合衆国を中心にマルチメディア関連事業を展開するソフトバンクの代表者であり、これらの者の経験や実績を取り込むことができたならば、朝日新聞社の長期的な経営計画の実現にも大いに寄与するはずであり、松下らは、その方向を追求すべきだったのである。

したがって、本件取引が不可避であったとは考えられない。

(三) 本件株式の買取価格について

全国朝日放送の1株当たりの価格については多数の鑑定評価がなされているが(その中には朝日新聞社が依頼したものも含まれている。)、その鑑定評価額によれば、その価格は最低が217万1000円、最高が580万9920円であり、概ね300万円台であるから、本件株式の買取価格812万8894円が鑑定評価額に照らし極めて高額であることは明らかである(鑑定評価額の最高額である580万9920円よりも231万8974円高く、5136株では119億1025万0464円も高額となる。)。

また、朝日新聞社は、旺文社からの買取申入れに応じて本件株式の買取価格を検討するために朝日監査法人にその評価を依頼しているが(乙二〇)、その評価額が1株当たり321万9000円、総額で165億3278万4000円であったことから考えれば、朝日新聞社は、平成7年の旺文社との買取交渉の際には本件株式を200億円で買い取るのを相当と判断していたと考えられるのであって、右価格の2倍以上で本件取引を行うのは、常軌を逸するものである。

したがって、本件取引は、取締役としての裁量の範囲をはるかに超えた金額による取引である。

なお、被控訴人らは、本件株式の最近の株価が買取価格を超えている点を挙げて、本件取引を選択した松下らの判断に誤りはなかったと主張するが、控訴人が問題としているのは、本件取引当時、鑑定価格の2倍以上の価格で株式を取得したことにより朝日新聞社に損害を与えた点にあるから、仮に、その後、本件株式の株価が上昇したとしても、松下らが朝日新聞社に損害を与えた事実は消えない。

(四) 本件取引の規模について

本件取引が松下らの裁量の範囲内といえるためには、本件株式を買い取ることが朝日新聞社の長期経営計画にとって欠くべからざる重要案件であるとの認識・判断が妥当であったか否か、また、ソフトバンクらの対応の結果、本件株式全部を買い取るか、全て買い取らないかのいずれかを選択しなければならなかったとしても、鑑定評価額の2倍以上の金額を支払ってまで買い取らなければならなかったかどうかが大前提として問われなければならないところ、朝日新聞社は、本件取引によって平成18年(2006年)度まで税引き前利益は赤字となる見込みであったもので、その間、株主が不利益を被ることになること、また、本件取引による過剰な支払いと借入れが朝日新聞社の経営基盤を揺るがせていることからすると、本件株式を買い取ることが欠くべからざる重要案件であるとの判断には根本的な誤りがあったといわざるを得ない。

したがって、松下らの右判断は、取締役としての裁量を逸脱したものである。

(五) 取締役会における審議について

本件取引について取締役会で審議されたのは、平成9年3月3日、同月27日の2回だけであり、その審議時間も、前者は20分、後者は15分にすぎない。しかも、各議事録にも実質的な討議についての記録はなく、実質的な討議が全く行われなかったことを示している。

(六) したがって、以上のような点からすれば、松下らに取締役としての職務懈怠、善管注意義務・忠実義務違反があることは明白である。

二  被控訴人ら

1 法令違反の主張について

控訴人は、「放送局の開設の根本的基準」9条はマスメディア集中排除原則を定めたものであり、電波法の解釈基準となるものであるから、その解釈は厳格になされるべきであるとし、免許申請あるいは再免許申請の時点に限らず、常に右根本基準を充足することが必要であるからとし、松下らが行った本件取引は、電波法に違反し、運用の停止や免許取消という行政処分を受ける可能性のある重大な違法行為であると主張する。

しかし、朝日新聞社が本件株式を取得するに至った目的及び経緯は、世界的なメディア買収における強引な手法で知られるマードックの経営方針が朝日新聞社の経営方針と相容れないものであり、かつ、ソフトバンクらの本件株式の実質的な取得が朝日新聞社の全国朝日放送の経営に対する主導的立場を揺るがすものであったことから、本件取引に至ったものであり、ソフトバンクらの本件株式の取得がわが国の電波政策上好ましくないとの認識は政界、財界、官界を問わず広く一般的であった(現に控訴人自身も、ソフトバンクらが全国朝日放送の株式を取得した直後の平成8年6月25日に開催された朝日新聞社の株主総会や月刊誌において、同様の発言を行っている。乙一〇、一三参照)。

したがって、右のような事情の下で、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアを丸ごと買収することがソフトバンクらの示した絶対的条件であったことをも考慮すれば、本件株式の取得が一時的に右基準に抵触したとしても、やむを得ない緊急避難的な措置であったというべきであり、一時的に右基準を充足しない時期があったとしても、その後遅滞なく右基準が回復されたような場合にまで、それが電波法違反に該当し、同法76条1項の無線局の運用停止などの措置や同条2項の免許取消の対象となることはないと解すべきである。

2 善管注意義務・忠実義務違反の主張について

(一) 取締役の裁量の範囲について

企業の経営判断は、不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象にした専門的、予測的、政策的な判断能力を必要とする総合判断であるから、その裁量の幅は広いものであり、取締役の経営判断が結果的に会社に損害をもたらしたとしても、直ちに取締役が必要な注意を怠ったとすることはできないというべきである。会社は株主総会で選任された取締役に経営を委ねて利益を追求するのであるから、取締役がその権限の範囲内で会社のために最良であると判断した場合には、基本的にはその判断を尊重して結果を受容すべきであり、かくして取締役を萎縮させることなく経営に専念させることができ、その結果、会社は利益を得ることが期待できるのである。

このような、判断の裁量権を認めるのは、何も取締役に限った問題ではなく、例えば行政の専門家である行政庁の判断についても、それが裁量権の逸脱又はその濫用に当たらない限り、司法部は行政庁の専門的な判断を尊重するとされている(行訴法30条)のである。

(二) 本件取引の選択について

(1) 控訴人は、松下らの本件取引が不可避であったとの判断が安易な選択であり、取締役としての職責の放棄、善管注意義務・忠実義務違反があると主張するが、その立論は取締役の経営判断の裁量権についての考え方を誤解した主張である。

なぜならば、「経営判断の原則」は、取締役の意思決定についてそれが不可避であることまで要求するものではなく、「その取締役の判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがないこと」、また、「その意思決定の過程、内容が企業経営者として特に不合理、不適切なものといえない限り」、その措置にかかる経営判断は、裁量権の範囲を逸脱するものではなく、取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違背するものではないのであり、取引をするか否かの意思決定に当たって、それが不可避でなければ善管注意義務違反又は忠実義務違反との評価を受けることになれば、およそ株式会社の業務執行は成り立たないからである。

(2) 控訴人は、本件株式取得のために多額の資金を要する観点から「朝日ビジョン2010」との関係など専門的、総合的な検討がなされていないとの主張を繰り返しているが、右経営計画が策定された時点と本件取引を決断した時点には経営環境の相違があるのであり、本件取引当時、資金計画については格別の問題はなかったのである。

(3) 控訴人は、朝日新聞社は、本件株式を取得することなく、東映との協力関係を選択すべきであったと主張するが、それこそ経営判断の問題であって、東映とソフトバンクらとの連携の可能性を考慮に入れた上で本件株式を取得することは、控訴人のいうような敗北主義との評価を受けるものではない。

(4) 控訴人は、ソフトバンクらが朝日新聞社からの株主間協定の提案に応じなかったことは当然であるとし、かつ、マードック及び孫正義の経験と実績とを取り込む方向を選択すべきであったと主張する。

しかし、マードックあるいはソフトバンクらが事前の予告をしないまま、全国朝日放送の株式譲渡の制限規定の適用を回避する方法で本件株式を取得し、敵対的な大株主として突如登場し、朝日新聞社が求める内容の株主間協定に応じないという事態を朝日新聞社の長期的な経営計画に対する重大な障害とみるのは経営判断の上で当然であり、ソフトバンクらが旺文社から実質的に買い取った価格及び方法であれば株式を買い取ることができるという状況下で、ソフトバンクらから本件株式を買い取ったことは、経営者として特に不合理、不適切な判断とは到底いえないのであり、むしろ、株主間協定に応じないマードックあるいはソフトバンクらを取り込んで、朝日新聞社が策定したマルチメディアに関する長期的経営計画の実現を図るという困難な選択が成功する保証はないのである。

したがって、松下らが、本件取引を選択したことに取締役としての善管注意義務・忠実義務違反があるとはいえない。

(5) 控訴人は、旺文社が平成7年に朝日新聞社や東映などの大株主数社に本件株式の売却を申し入れていたのであるから、旺文社のソフトバンクらに対する本件株式の譲渡が想定外の事態だというのは情報収集能力等のなさを示すものであると主張する。

しかし、平成7年の協議が不調に終わった時点においても、旺文社を含む全国朝日放送の大株主の間では、株式上場のための環境整備を急ぎ、上場前には株式を売却しないということで意見が一致していたのであって、ソフトバンクらが全国朝日放送の株式譲渡制限を回避する方式をとって大株主として突如登場してくるような事態は想定できなかったものである。

したがって、松下らに善管注意義務違反又は忠実義務違反を問うことはできない。

(三) 本件株式の買取価格について

(1) 控訴人は、本件株式の取得価格が417億5000万円であったことが鑑定価格を超えた価格であることをもって、取締役の裁量の範囲を超えると主張する。

しかし、証券取引所へ上場されず店頭登録もされていないいわゆる非上場株式については、会社の事情、評価の目的、場面等に応じて様々な評価の方法が考案されており、方法により評価額が異なるものであり、自ら評価額にはある程度の幅を免れず、しかも、一般的に取引相場のない場合、取引価格は交渉当事者間の相対の交渉で形成、決定されることになるのであり、様々な評価方法はこの交渉を行うに当たっての参考資料となるにとどまることにならざるを得ない。

本件取引においても、いわゆる非上場株式である本件株式を実質的に買い取るに当たっては、朝日新聞社の経営目標における本件株式取得の必要性を考慮しつつ、相手方との交渉を経て決定されるものであるから、右価額の評価自体、長期的な視野に立って、諸事情を総合考慮して行うべき場面であり、専門的かつ総合的な経営判断が要求されるから、取締役らに委ねられる裁量の範囲も広いというべきであり、本件株式の買取価格はその裁量を逸脱するものではない。

(2) 控訴人は、本件株式をソフトバンクらの買取価格と同一の価格で買い取ったことにつき、客観的かつ信用のある証拠は全く提出されていないと主張するが、〈1〉ソフトバンクらが本件株式を取得した金額については、ソフトバンクの平成8年11月26日付の投資家向け説明資料(乙二四)、ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの同年9月30日営業報告書の貸借対照表(乙二九の二)、ソフトバンクが同年6月20日に本件株式の取得を発表した際の資料(乙二)等の証拠が、〈2〉朝日新聞社がソフトバンクから本件株式を取得した金額については、朝日新聞社が平成9年3月27日の取締役会で株式譲渡契約の承認をした際の取締役会議事録(甲一七)、被控訴人笹井輝雄の陳述書(乙三二)等の証拠がいずれも提出されており、控訴人の主張は全く失当である。

(四) 本件取引の規模について

控訴人は、本件取引の規模に関して、平成18年(2006年)度まで税引き前利益が赤字となる見込みとなるということは、その間株主が不利益を被ることになるし、本件取引による過剰な支払いと借入れが現在朝日新聞社の経営基盤を揺るがせているとして、取締役としての善管注意義務・忠実義務違反を主張している。

しかし、朝日新聞社の長期経営計画にとって、本件株式を取得することが欠くべからざる重要な案件であったこと及び松下らの右判断が相当なものであったことは、その後の株式市場における情報通信関連企業の躍進とテレビ各局の最近の株価水準の上昇からも首肯しうるのであり、実際にも、全国朝日放送の最近の株価(平成12年1月15日から同年2月14日まで)は、平成9年3月期に比較の対象とされたTBSとNTV及びその後上場されたフジテレビを加えた3社を類似会社とし、ディスカウント率20パーセントとして算定した類似会社比準法によれば、1株当たり1423万9896円となっており(乙三五参照)、本件株式の買取価格である812万8894円を大幅に上回っているのである。

したがって、朝日新聞社が本件株式を取得したことによって全国朝日放送に対する主導的立場を維持したことにより、朝日新聞社の長期的なメディア戦略と情報通信にかかわる経営戦略の展開を容易にしたことなどを勘案すると、本件株式の取得が過剰であり裁量の範囲を逸脱しているとの控訴人の主張こそ、一面のみに囚われた偏頗な主張であって、理由がない。

(五) 取締役会における審議について

控訴人は、本件取引について取締役会で審議されたのは、平成9年3月3日と同月27日の2回だけであり、商法上認められた組織でない専務会や常務会で審議されたとしても、実質的な討議が取締役会でなされていない以上、取締役としての任務解怠、善管注意義務・忠実義務違反があると主張するが、本件取引のように、支配権の移動を伴う微妙な株式の売買交渉にあっては臨機応変にして迅速な対処を求められるのであり、専務会や常務会による審議を経た上で、取締役会に諮っているのであるから、控訴人の主張は全く根拠がない。

第三  争点に対する判断

次のとおり原判決を補正し、当審における補充的主張に対する判断を付加するほかは、原判決が「第三 当裁判所の判断」に記載するとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決46頁9行目の「三四」の後に「、三五」を加える。

2  同52頁9、10行目の「旺文社との協議は値段の点で折り合いがつかず」を「その当時、朝日新聞社は、本件株式を旺文社が希望する430億円という金額で買い取ることは考えていなかったため」と改める。

3  同53頁2行目の「被告中江利忠(代表取締役社長)、松本知則(〔専務〕取締役)」を「被控訴人中江利忠(当時の代表取締役社長)、松本知則(当時の専務取締役)」と改める。

4  同66頁3行目の「同年2月」を「平成9年2月」と改める。

5  同67頁3行目の「代表取締役社長」から同5行目の「被告笹井輝雄」までを「当時の代表取締役社長であった松下、代表取締役専務取締役〔事業統括〕であった被控訴人広瀬通貞及び専務取締役〔経理担当〕(現在は代表取締役専務)であった被控訴人笹井輝雄」と改める。

6  同72頁8行目の「株式会社富士銀キャピタル」を「富士銀キャピタル株式会社(以下「富士銀キャピタル」という。なお、原判決中、「株式会社富士銀キャピタル」とある部分は、いずれも「富士銀キャピタル」と読み替えるものとする。)」と改める。

7  同77頁5行目の「代表取締役として」を「当時の代表取締役として」と改める。

8  同79頁3行目の「「朝日情報サービス株式会社」」の後に「(以下「朝日情報サービス」という。なお、原判決中、「朝日情報サービス株式会社」とある部分は、いずれも「朝日情報サービス」と読み替えるものとする。)」を加える。

9  同96頁4行目の「価格が」を「本件取引における本件株式の買取価格が」と改める。

10  同98頁1行目の「当法廷には」を「全国朝日放送の株式の評価額に関する資料として」と、同末行の「ある程度の幅を免れない。」を「相当程度の幅が生じることは免れない。そして、」とそれぞれ改める。

11  同102頁1行目の「本件取引における」から同4、5行目の「うかがわれること」までを「本件取引における価格と同額であり、本件取引後から若干期間が経過した平成9年9月から10月の時点とはいえ、本件株式を買い受けた金融機関等も右価格が不当な金額であるとは判断していないこと(なお、朝日新聞社は、右売却それ自体によっては何らの損失も被っていない。)」と改める。

12  同103頁5行目の「その取引における代金額で」を「右名義変更は実際の取引に基づくものではなかったものと推認されるのであって、本件取引における買取価格を下回る代金額で」と改める。

13  同106頁2行目の「各金額」の後に「(甲一一、一二の各営業報告書中の貸借対照表及び損益計算書参照)」を加える。

二  当審における補充的主張に対する判断

1  本件取引の法令違反について

控訴人は、当審における補充的主張一の1のとおり、本件取引は、電波法・放送局の開設の根本的基準(開設基準)に違反し、運用の停止や免許取消を受ける可能性のある重大な違法な行為であり、また、定款に違反する行為であると主張するが、原判決が第三の二の1ないし3(83頁2行目から89頁2行目まで)に説示するとおり、朝日新聞社は、郵政省の放送行政の担当者とも相談した上、一時的に開設基準を充足しなくなったとしても、本件取引後、遅滞なく超過分を安定株主に譲渡し、朝日新聞社の実質的な持分比率を50パーセント以内とすることによって全国朝日放送及び系列のネット局の免許更新が承認されることを確認して本件取引を行っており、再免許の申請が承認されない事態が生じることは予想されなかったこと、しかも、朝日新聞社の持分比率が50パーセントを超える本件取引を行ったのは、ソフトバンクらがソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの発行済株式の全部の買取でなければ本件取引に応じないとの意向であったことに対応した緊急避難的な措置であって、違法性が阻却されると解されるものであったことからすれば、本件取引が法令に違反する違法行為であるとまではいえない。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。

2  善管注意義務及び忠実義務違反について

(一) まず、控訴人は、当審における補充的主張一の2の(一)のとおり、取締役の裁量の範囲の問題として、松下らは本件取引によって法令等に違反し、社会的に非難されるべき行為を行っていると主張する。

しかしながら、本件取引が法令等に違反する違法な行為とまでいえないことは前記1に説示したとおりであり、また、本件取引が行われた経緯等を勘案すると、本件取引が社会的に非難されるべき行為であるとまでいうことはできない。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。

(二) 次に、控訴人は、当審における補充的主張一の2の(二)のとおり、松下らは、朝日新聞社の純資産額に匹敵するような資金の投入が今後朝日新聞社の経営にどのような影響を与えるのかといった総合的な課題を検討せず、ソフトバンクらとのせめぎ合いの中で東映を自分の陣営につける方策も策定しないまま、全国朝日放送における主導権を確保するために本件取引を安易に選択しており、本件取引は不可避であったとはいえないから、松下らには取締役としての職務懈怠、善管注意義務・忠実義務違反があると主張する。

しかしながら、原判決が第三の三の1ないし3(89頁4行目から95頁末行まで)に説示するとおり、朝日新聞社が全国朝日放送における主導権を確保するために東映との協力関係を強化する方法もあり得るとはいえ、旺文社がソフトバンクらに本件株式を実質的に譲渡するといった従来の慣行からは想定できなかった事態が生じた状況下において、松下らが、東映を頼みとして東映との協力関係を強化する方法だけに頼ることが全国朝日放送の経営及び株主構成の安定に最も有効な措置であったかどうかは疑問であり、松下らが、東映とソフトバンクらとの協力関係が築かれ、朝日新聞社の筆頭株主としての立場が脅かされることを懸念して本件取引を選択する旨の経営判断をしたとしても、その判断は、取締役に与えられた裁量の範囲を逸脱するものとはいえない。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。

(三) また、控訴人は、当審における補充的主張一の2の(三)のとおり、朝日新聞社は、平成7年の旺文社との買取交渉の際には本件株式を200億円で買い取るのを相当と判断していたものであるから、本件取引における本件株式の買取価格は取締役としての裁量の範囲をはるかに超えた金額であると主張する。

確かに、全国朝日放送の平成7年3月から平成9年3月当時の1株当たりの価格は、原判決が第三の4(96頁1行目から98頁7行目まで)に認定するとおり、最低217万1000円から最高580万9920円程度であったこと、旺文社から東映を通じて朝日新聞社に本件株式の買取の打診があった際、朝日新聞社が朝日監査法人に依頼した本件株式の評価額の算出結果(乙二〇、簿価純資産法及び類似会社比準法の平均による。)は、1株当たり321万9000円、本件株式5136株の総額で165億3278万4000円とされていたことからすれば、朝日新聞社の当時の代表取締役社長であった被控訴人中江利忠あるいは当時の専務取締役であった松本知則が本件株式を200億円程度であれば買い取ってもよいとの意向を有していた可能性も考えられないわけではない。

しかしながら、証拠(甲三九、乙七、三二、被控訴人笹井輝雄)及び弁論の全趣旨によれば、旺文社から東映を通じて朝日新聞社に本件株式の買取申入れがされた当時、旺文社は500億円ないし600億円程度の資金を必要としていたことから、本件株式を相当高額な価格で売却することを希望していたこと、また、東映を通じて示された旺文社からの実際の本件株式の売却希望価格も430億円程度であったことが認められるのであって、その当時、仮に朝日新聞社が200億円程度で本件株式を買い取ることを正式に申し入れていたとしても、右金額で取引が成立していたかどうかは極めて疑問である。

そうだとすれば、その当時の朝日新聞社の取締役らが本件株式の相当価格をどのように判断していたにせよ、本件取引における買取価格417億5000万円が常軌を逸する金額であるとまでいえないことは明らかである。

しかも、証拠(乙三五)によれば、全国朝日放送の株式の株価は、本件取引後、大幅に上昇しており、類似会社比準法による評価によれば、平成12年1月15日から同年2月14日までの株価は、ディスカウント率を20パーセントとすると、1株当たり1423万9896円となっており、本件株式の買取価格である812万8894円を大幅に上回っていることが認められるのであって、こうした点も含めて考えると、松下らが本件株式を417億5000万円(1株当たり812万8894円)で買い取ったことは、取締役としての裁量の範囲を超えるものではないというべきである。

したがって、以上の点に関する控訴人の主張は理由がない。

(四) さらに、控訴人は、当審における補充的主張一の2の(四)のとおり、朝日新聞社は、本件取引によって平成18年(2006年)度まで税引き前利益は赤字となる見込みであったのであって、本件株式を買い取ることが欠くべからざる重要案件であると判断したことには根本的な誤りがあり、松下らには取締役としての善管注意義務・忠実義務違反があると主張する。

しかしながら、朝日新聞社にとって、ソフトバンクらから本件株式を買い取ることが総合的な経営判断の上からの重要案件であり、また、本件株式の買取に必要となった資金の金融機関からの借入れも朝日新聞社の経営の基盤を揺るがすほどのものではなかったことは、原判決が第三の三の5(105頁5行目から108頁3行目まで)に説示するとおりであって、多額の借入れをしても本件株式を買い取る必要があるとした松下らの判断が取締役としての裁量の範囲を逸脱しているとはいえない。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。

(五) 控訴人は、当審における補充的主張一の2の(五)のとおり、本件取引に関する取締役会の審議は不十分であったから、松下らに取締役としての善管注意義務・忠実義務違反があると主張する。

しかしながら、本件取引に関する最終的な決定は平成9年3月3日及び同月27日に開催された2回の取締役会での審議において行われたものとはいえ、それ以前に組織されたプロジェクトチーム及び担当役員らによる情報収集や分析、専務会、臨時常務会等における審議と承認等を経た上でのものであることは原判決が第三の三の6(108頁4行目から110頁1行目まで)において説示するところである上、本件取引が全国朝日放送における朝日新聞社の主導権を確保するための株式の買取という臨機応変な対応を求められる案件であったことをも考慮すると、本件取引についての取締役会の審議の内容が不十分であったということはできない。

したがって、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

第四  結論

以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきであって、原判決は相当である。

よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日・平成12年6月13日)

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 亀田廣美 裁判官 坂倉充信)

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